考える葦

考えていないようで、考えていて 考えているようで、考えていない 私。

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弓道

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先週の日曜日母校の文化祭に行ってきました。高校を卒業してからは決まって弓道部の仲間と文化祭で弓道場を覗いています。年ごとに部の雰囲気も変化しているのがよく分かります。でも私たちが作った物入れがまだ使われていたり、昔と変わらないところがあるとすごく嬉しかったりします。
今年は1つ下、2つ下の後輩も弓道場に遊びにきていてみんなで近況報告をしたりして穏やかにすごしてきました。実際に弓を引いてみないかと顧問の先生に言われたのですが、あいにく指の骨折が…痛い瞬間でした。写真で弓を引いているのは2つ下の後輩です。すごく素直でいい子です。
部活をやっていたころは、寝ても覚めても部活のことばかり考えていた。あと代々身の回りのものを題材にしてギャグをいう伝統があったので、毎日ネタが転がっていないかどうか目を光らせていました。今でもその習慣は残っています。あのころはそんなくだらないことでもお腹を抱えて笑っていました。安土の準備もそっちのけで食堂でみんなで笑っていました。練習の最中も相手の射を見るという名目でずっとしゃべっていて何度も先生に叱られました。
私の高校は県の弓道界ではけっこう上位にランキングしちゃうような名門校でした。だから試合前のレギュラー争奪戦はかなりシビアでした。レギュラーを勝ち取ったときのことは実はあんまりよく覚えていないけど、どうしたら自分の緊張を適度に保てるのかどうかはそういうところで学びました。
弓道は体力があれば強くなれるわけではなくて、自分との闘いです。精神の状態は射に顕著に現れます。
一方私が本当に多くを学んだのはスランプだったり、レギュラーから引き摺り下ろされたときだと思うんだ。今までに栄光があったり、友達が活躍したいた分、自分のプライドからか本当に悔しくって。でも、ゴキブリのようにしたたかにあきらめないこと、そしてスランプの後の達成感を教えてもらった。
そしてなによりも仲間を尊重することを学んだ。どんなにへこんでても私の周りには私を見ててくれる仲間がいて、仲間が私に力をくれた。だから友達の活躍に嫉妬したりしてたのが恥ずかしくなった。そこから仲間を心から応援できるようになったし、仲間が同じように困っているとき力になれた。
目に見える輝かしい結果だけじゃなくて、友情とか、精神が充実した状態があることを知った。
そして私がいつもモットーにしていることも弓道部のスランプ時代に気づいたこと。それは「今生きているこの一瞬たりとも無駄な時間はない」ってこと。どんなに悔しいときも、悔しいって感じることでさえとても大事なことだったりします。見方をちょっと変えただけで大事なことなんてそこらへんにたくさん転がってるんだなあって私は思うんです。
久しぶりにこの言葉を思い出したなあ。。。
また駄洒落でも復活させようかな。。
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主将兼お父さん

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おととい、サークルに遅れ気味で顔を出したらもと主将の同学年の男の子が練習していて、一ヶ月半ぶりに再会を果たしました。彼は今まで実家近くの山でフィールドワークをしていたのです。あまり練習する時間もないし怪我をしていたので、ほとんどそのモト主将と話していました。山ごもりは相当過酷だったらしく、彼も誰かと話したくて仕方ない様子でした。
彼と話してるとほんとに落ち着く。はじめは私がけぎらいしてたんだけど、彼がサークルの主将、私が副将をやってたときに彼とぶつかってみて色々分かった。生まれ持っての主将体質で、頼りがいがある。嘘はつ絶対かない。誰でも分け隔てなく受け入れることができ、面倒見がいい。でもチョー堅物。頑固。見た目が年上風。だから私は彼をお父さんと呼びます。酔ったらなんでもしてくれます。でもってこいつもお笑い好き。ときどきスベることを言うんだけどそういうのが妙にツボだったりするんです。
彼とはガチンコでぶつかったからこそ、長いことかけてお互いを理解し認めあえるようになったと思う。お互い強がりだけど、弱みを見せられるくらいほんとに信頼してる。彼との関係から得た物はすごくたくさんあるんじゃないかな。この間私が失恋して落ち込んでたときにも相談にのってもらいました。ほんとに命の恩人級のアシストでした。
そんな彼を囲んで後輩たちとワイワイやってたらすごく懐かしくって、無条件に楽しかった。こんなときがずっと続いたらいいのに、って思ってしまう。
彼は卒業したら実家にもどってしまうけど、これからもずっと私はあなたと出会ったことを誇りに思えるよ。たまには相談にのってね。
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夜中に話し合うぐらいの友達。

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なぜアジカンかというと、私はその友達がライヴでアジカンをやるっていうんで、アジカンを試しに聞くようになったという、彼はいわゆる火付け役なのです。彼の音楽(いい音楽を嗅ぎ分けること)のセンスはやっぱりちょっとずばぬけけていると思われます。あとお笑いのセンスも。彼は今までに会ったことのないタイプでありました。
彼はスリムな人です。外見が、ではありません。(容姿はけっこう評判がよいようです)なんとも表も裏もない人です。だからこそつきあいやすいのですが、相手のことも鵜呑みにしてしまいがち。もうちょっと裏っていうか空気読もうよ、というのが最近の世論です。
彼と遊ぶと普通に楽しいです。なぜなら反応がいいからです。しかしだんだん体力に差を感じるようになります。申し訳ないのですが、ときどき疲れてしまいます。
悪口ばかり書いている彼ですが、そんな彼が嫌いではありません。憎たらしいやつです。時として誰よりも的を得たようなことを言ってのけたり、妙にプラス思考なのが功を奏することがあるようです。
そしてなにより実は自分と似ているような気がするのです。どこら辺がかというと、実は相手にいやな思いをさせたくないばっかりに、言いたいことが言えないで笑っているところとか。相手を否定するようなことはほとんど言えないですね。そしてどうせ自分なんてと思っている割合が高いのも似ています。私はそう思うようになったのには思い当たる節があるのですが、彼からはどうもそれは見当たりません。
今思いつくことはその程度ですが、じつはかなり共通項があるようです。そんな彼をみていると、私を見ているようで、もどかしくて嫌になるときがあります。そしてついついダメ出しばかりしてしまいます。そこでも楽観的っぷりを発揮してくれたお陰で今までなんとか友達でいます。しかし、とあるヒトから「彼を分かってあげてください」と言われてハッとしたのです。自分と似ているからこそ私なら彼を理解しやすいのです。また、しかってばかりでは私が彼に考えを押し付ける一方で、それ以上彼を理解することはできない。そればかりか、彼だってそんな人の話を聞いてやろうとも思わないでしょう。
だから、なるべく私は彼のありのままを受け止めることができるように訓練中です。
なにはともあれ、そんな彼に助けられているとさえ感じているので、これからもずっと仲良くしていきたい友達の一人です。

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