考える葦

考えていないようで、考えていて 考えているようで、考えていない 私。

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空手が好きだということ

今日は年内最後の空手の試合でした。同じ和流道流という(しかも和道会とも違う)流派のヒトを中心に構成される県大会です。
形部門はだいたい同じ流派の人なので毎年とても参考になります。特にちびっ子有段者の演武はすごくいい刺激になります。私の流派の指定形は(日本空手道連盟公認ってところなのか)セイシャンとチントウという形です。圧倒的に指定形をやっている有段者が多かったですが、他にも昇段審査によく登場するナイファンチ、クーシャンクーをやっている人もけっこういました。みなさん同じ流派にしては腰が低いです。スゲー(ぺこぺこしている訳ではありません)。組手部門では道場の伝?がある人ならどんな流派の人でも出場できてしまうので、アレッていう人も出場していたりします。組手には形ほど流派の間に差はないと思うのでいいんですけど。
ちなみに昨日組手部門の華である一般男子有段で優勝した男の子は松濤館流という別の流派の子です。元は。なぜ知っているのかというとその子がサークルの練習に結構来てくれていて交流があったりするからです。彼は空手を心から愛しています。少し話したことがあるのですが、「空手をやっているときの自分はすごく好き」という言葉からも空手が彼の一部になっていることが伺えますね。私は生まれて初めてそれくらい空手を突き詰めて愛している人に出会ったんじゃないかなあと思います。「空手をやっているときの自分が好き」というほどの自信はないけど、空手をやっているときは他の何からも解放されて、無心になれるので「空手をやっているときの自分は生き生きしている」と思うことがあるね。そういう点では彼の意見に共感しています。
だいたい空手というものを見ていると、ちびっ子が圧倒的に多い。小学生は学年ごとに試合が編成されていたりする。しかし年齢が上がるにつれて競技人口が減っていき、しまいには成年の部は高校生と一緒だったりする。要は、空手を続けてやる人が少ないということです。確かに空手一筋の方を見ていると、私はあそこまで極めなくてもいいかな…と思ってしまうときもありますが、空手ってそんなに魅力のないスポーツ(武道)ですか?「空手をやっているということはなかなか言えない」なんていう話もよく聞きますが、私は空手ってすごく魅力のあるスポーツだと思うんです。形にしろ、組手にしろ、奥深い。空手を通じて学ぶところもたくさんあり、空手をやっている人で悪い人はいませんよ。少なくとも私の周りには。空手を通じて出会った人たちの考え方はみんな大体好きです。それなのに何故?という迷いにも似た感覚が私の中にはありました。
しかし彼のように空手を愛している人が普通に社会に順応しているのをみて、私はすごく安心したのを覚えています。普段はまだまだ荒削りの少年みたいな彼ですが、是非これからもサークルに来て指導してもらいたいな。
一方の私はというと試合前の練習ではあんなに間合いが広くなってきたのに…間合いもクソもありませんでした。これからの目標は
1.リーチを伸ばす(もっと刻みを積極的に出す)
2.相手の攻撃を流して攻撃する
3.出し惜しみしない(緊張しすぎない)
ということで。たぶん。でも頭の中が冷静だったこと、攻撃の前にもぞもぞするのが減ったのは自分なりによかったと思う。段取るまえにもうちょっとがんばるぞ!
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