考える葦

考えていないようで、考えていて 考えているようで、考えていない 私。

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今日はおばあちゃんの四十九日でした。
「死」について初めて向き合ったような気がします。

以下、「死」について、とか。
7月中旬に私の母方のおばあちゃんが亡くなりました。
直接の死因は肺炎。

4月の頭に転んでしまって、内出血が止まらなくて輸血しなければならなくなり入院。

おばあちゃんはもともと私の叔父さんを生んだ時に輸血していて、当時の血液は例の「非加熱製剤」だったから、
C型肝炎を患ってました。肝炎は進行がとてもゆっくりだから、特に目に見えて病気って印象もなかったです。
つい最近不整脈を指摘され、血栓ができないようにワーファリンという血液を固まりにくくする薬を飲んでいました。

今回おばあちゃんは入院するにあたって、このワーファリンを飲むのをやめるよう言われていたようです。

そろそろ退院できるかなと思った矢先、脳梗塞になってしまいました。原因は不整脈のためにできてしまった血栓が脳に流れてしまったとのこと。
そのときは本当にやるせなかったですね。
今まで飲んでた薬ちゃんと飲んでたらこんなことにならなかったんじゃないのって考えたら、医療事故なんじゃないかとか色々考えました。薬のこと勉強してきたはずなのに、大事なときに役に立たないなんて、って本当に悔しかったです。

結構大きな血管が詰まってしまったようで、失語と半身麻痺になりました。
ごはんが食べられていなくてすっかり痩せてしまって、飲み込めないから胃ろうを造りました。
それからというもの、熱が上がったり下がったりを繰り返し、肝炎の方も進行していたみたいで。
7月の中旬に息を引き取りました。

私の身内らしい身内がなくなったのはこれがはじめてだったので、信じられなかったです。
通夜で棺におばあちゃんをいれるとき痩せこけてしまった顔をみて行き場のない思いになりました。

なんで、もっといい医者に診てもらえなかったんだろうか。
なんで、もっとお見舞いに行ってあげなかったんだろう。

とか。

おじいちゃんが泣いてるのをはじめて見ました。
お母さんも泣いてました。
親孝行しなきゃって思ったんです。なんでいつも仕事ばっかりしてるんだろうと。
人はいつか死ぬ。医療の現場では死は特別なことではなく経過の一環であるときもあります。
でも、「人の死」は特別。「死ぬということ」には残された人たちに特別な意味をもたらす。
だから、「死」を別れではなくて「旅立ち」と言って濁すんだ。

死ぬときは一人。でも一人では死ねない。
お葬式をするのは誰?病院に遺体を引き取りに行くのも誰?

そう思うと「独り」ってとてつもなく怖い。
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2012-11-21 Wed 11:20
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