考える葦

考えていないようで、考えていて 考えているようで、考えていない 私。

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無償の愛

ずっとぼやきみたいな事を書いていて、
なんだかむなしくなってきた。
今も無償にむなしい。こころのなかにトンネルがあってそこをビュービュー風が吹いているみたいに、なんか何かが足りていない。

研究室にいると、みんなにはみんなの居場所があって、そこへみんな帰っていくように見える。

きっと、思ってるほどそんなことはないんだろうけど。
隣の芝は青いっていうのかな。

みんなにあるものが私にはないのが、私はすごく何かが欠けてるからじゃないかと思ってしまう。自分と人を比べる、私の悪い癖だ。

私にはずっと居場所があると思ってた。ここじゃないどこかに。誰かがくれるものだと思ってた。けど、自分で切り開かなきゃ、自分が手を挙げなきゃそう簡単に居場所なんて見つかりっこないみたい。なんて弱いんだ、私は。

一人でいるのがすごく好きなように見えて、独りでいるのがすごく恐い。あまのじゃくの淋しがりや。私は独りにこんなに弱かっただろうか?
淋しいと言えないのに、淋しいことを隠しきれない。性質が悪いよ、私。
それを、誰かに押し付けて、見返りを求めていたら、私は強くなれない。それどころか優しくもなれない。

独りを楽しめるようになりたい。私が私であることに自信を持ちたい。

だから、今は辛くても私は無償の愛をあげたい。

いいのか、こんなんで。
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テーマ:ひとりごと - ジャンル:日記

日常生活 | コメント:0 | トラックバック:0 |

お元気で

前期中間報告を前にして、私の実験が先輩の修論に間に合わないかもしれないということに気づき、かなりショックをうけてしまいました。
そういうことがあると私は間違いを連発しやすく、かなりへこんでました。

何にこんなにへこんでるんだろう。私は何がしたくてこんなに悩んでいるんだろう。

もやもやもや

透析とか、HPLCとか、ピークとか、相関係数とか・・・
私がしたいことってこんなことだったっけ。
かたや病院で腫瘍摘出手術を見学したり、リハビリを見て回っている人がいるのに。

大学に入ってからというもの、私は常に中途半端だった。
空手にしろ、テニスにしろ、イノハナにしろ、ニシチバにしろ、勉強にしろ、交友関係にしろ・・・

迷った私は救いを求めていたらしい。血迷っていた。
中間報告の前だというのに、ひたすら私は迷走している自分と、誰かに救いを求めている自分について愚痴っていた。

そんな愚痴につき合わせたくて、呼んだんじゃない。ほんとうにごめんなさい。なんて最悪なんだろう。

私が迷っているのはそんなに面白い?
私が自分を責めるが、そんなに愉快?
私に大人になれという割には、私の喜怒哀楽を楽しそうに観察している。
なぜそんなに優してくれるの?

こころをからっぽにすることなんてできないよ。
そうしたら、あなたがいなくて淋しく思う気持ちもどこかへ飛んで行ってしまう。あなたがそばにいると嬉しい気持ちも飛んでいってしまう。

私は今の自分に自信はないけれど、嫌いじゃないところまできたんだ。
もしそういう私が嫌いなんだったら、
私はあなたを好きになってはいけなかったのかもしれない。

とりあえず、しばらく会えないね。
どうか、試合がんばってください。

テーマ:つぶやき - ジャンル:日記

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