考える葦

考えていないようで、考えていて 考えているようで、考えていない 私。

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患者と医療人

私は右手親指の第一関節の??骨を骨折している。そんなわけで整形外科に通っている。
今日は疼痛も改善してきたので、定期健診に行った。私がレントゲンを待っている間の問診には頭をかかえた。
医師の言い分:患者の行動には患者が責任を持つべき。私は医療人として、患者に助言をすることはできるけれども、最終的な決断は患者自身がするべきだ。(もっと疾患について勉強しなさい。何度もやってんでしょ、その怪我)
患者の言い分:私は先生の意見を聞きにわざわざきているのに、何でもかんでも自分で決めろというのは無責任じゃないか。
私だったら患者の言い分がもっともだと思ってしまうけど。。。しかし背景として、医師は整形外科。おまけに周りにはスポーツが盛んな高校や大学がたくさんあって、そういった患者が多いのだろう。ちょっと強気にいって放任しておくぐらいでちょうど良かったのかもしれない。しかし今の患者は中年の方だ。きっと怪我のつらさや趣味の話を誰にでもきいて欲しい年頃だ。その二人の間に医療に対する考えのずれが生じた。その患者はおこって問診の最中にでていってしまうし、医師もなっだかんだ言って凹んでたし。周りの誰もが耳が痛かったはずだ。
昨今、医療には間違いがつきものだから、患者はもっと賢くならなければならないという。しかし患者が医療提供者より賢くなったのではこちらがすることがない。だからこそ、経験を積んだ倫理観のある医療人が必要なのだ。毎日毎日同じことの繰り返しで、そんな気持ちはどこかへとんでいってしまうのか。医師と患者の垣根が低くなってきたとはいえ、末梢での医療の現実は、まだまだ医師が威張っているのである。
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宿題

「私はいつも友達に会うたびに、
どんなに外見を着飾ったって、中身がきれいな人には勝てないって思うんだ。」


「なんでそう思ったの?」

「…??今まで会った人がそういう人だったから…」

「ふーん」

いや、そんなことが言いたかったんじゃない。気持ちの充実は、オーラとして外見に表れてくる。気持ちが充実していれば、自分の道を突き進むことができるし、だからこそ充実感がある。
けど、外見を逆に着飾ってるってことは中身が強くないことの証でもある(もちろん例外もあると思う)。どんなに外見を着飾ったところで中身が充実した人には見透かされてしまう。足元にも及んでないんだ。そんな思いを積み重ねてきたはずなのに。
その人はどう思ったんだろう。

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