考える葦

考えていないようで、考えていて 考えているようで、考えていない 私。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告 |

何で日記を書こうと思ったのよ

それは一ヶ月ほど前、私は失恋したからです。しばらくご飯がろくに喉を通らなくなるくらいショックだったみたいです。
うまく行かないなってのは、なんとなくわかってた。でもなんでこんなにショックなんだろう?この気持ちはショックなのか?心の中にすっかりできあがってしまった傷口について少し観察したいと思う。
スポンサーサイト
その他 | コメント:1 | トラックバック:0 |

東西線で思ったこと。

都内に買い物にいくことにした。
買い物大好き。品物を見ているだけで、幸せな気分になって帰ってくる。最近ではショップの店員さんと話せるようになってきて、自分も進歩したなと思う。
買い物は一人で来ることが多いかな。同じ店に行ったり来たりして、やっぱり「欲しい!」って思ったら買う。買った瞬間は天国にいるみたい。それで帰りにスタバとかに入って色々と妄想してみる。至福のひととき。
大学に入ってから都内で同窓会をすることが多くて、都内に来ると高校の頃の友達を思い出す。同じホームルームだった友達はだいたい進路も似てるんだけど、部活の友達は色んなところに行った。こないだも予定が合うメンバーだけで集まったんだけど、やっぱしみんな変わってなかったわ(笑)気づくと下らないことばっかり話してて、すごく懐かしい気持ちになる。部活の友達といると特に、勝手に笑ってる。私には大事な仲間がいるんだって、心強くなって帰ってくる。これからもよろしくね。
私が心強くなれるもう一つの理由として、海外の大学に行った子たちがいるってこと。自分がやりたいって思った気持ちを、貫いた結果なんだよね。本当に悩んでいる次元が違うんだな。まず、言葉が通じないじゃない?だから何をするのも本当に苦労して来たみたい。苦労、って言葉で片づけちゃいけないんだよね。ほんとに強く生き抜いてるんだよ。彼女たちは。将来絶対に夢をつかんでくれるだろうと
そう考えると私の悩みなんて些細なもの。彼女たちは私にいつも生きるヒントをくれる。
やりたいことがあるんなら、迷っている暇なんかない。人と違ったっていいじゃない。私が私らしくあることが一番だよ。結果は後からついてくる(と思う)。
でも、私にはそれが信じられないとこがある。
「私らしさ」って私にはあるの?

日常生活 | コメント:0 | トラックバック:0 |

本題に入る前に

問)A Thinking Reedを和訳しなさい。
答)考える葦

考える葦ってのは
パルカルが「パンセ」のなかで人間の存在をとらえた語。人間は葦にたとえられるような弱いものであるが、考えるという特性を持っているとして、思考の偉大さを説いたもの。(広辞苑より)
私は高校の頃倫理をやってて、まずこの文句にハマりました。パスカルがどんな人であったにしろ、すごく共感しています。考えるから、嬉しくって、やっぱり悲しくなったりして。そんなスパイスたっぷりの人生送れるなんて私ってついてるかも!
今まで自分の考えを改めて考え直してみるって事、恐くてしてなかった。でも、気づいてみたら何度も同じ所でつまずいてた。だからこそ、どんなデコボコ道だって、楽しんで歩ける日が来るように、日記をつけてみようと思ったわけです。昔手書きの日記もつけようと思ったんだけど…3日も持ちませんでした。
私の飽きっぽさに乾杯!
これからはなるべく思ったことすぐ書きたいと思います。たぶんすごい暗いときと陽気なときがあるけど、どっちも私なんです。
その他 | コメント:0 | トラックバック:0 |
| HOME |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。